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ふくろうくん


自分の身に起きる、
悲しい出来事を想像して、涙をながす・・・

時間をもてあました部屋で
午後の教室で
家族で移動する車の中で

子どもの頃から、思春期になるまで、
ひまさえあれば、そんなひとり遊びに耽りました。

そして、おとなになったある日。

この、物語の主人公のふくろうくんの
涙の使い方を知り、
目からウロコが落ちました。

こんな、妄想の使い方もあったんだ!

なんて、ロマンチックなんでしょう。



アーノルド・ローベル 作 三木卓 訳
文化出版局


ふくろうくんは、
「きょうは、なみだでおちゃをいれようっと」と思いたつと、
湯わかしをひざにかかえて、いすに座ります。

そうして、

ストーブのうしろに落ちて、見つけられっこないスプーンや
誰も見てくれる人のいない朝や
短くなって使えないえんぴつ

のことを想い、涙をながし、
その涙でお茶をいれ、夜のひとときを過ごすのです。

ああ、ふくろうくん。

「ながした涙でお茶をいれる」のではなくて
「お茶をいれるために、涙をながす」なんて、
なんて、おとなっぽい、想像力の使い方でしょう・・・


わたしも、まだ、涙のお茶を飲むことが、できるかな。

カップ一杯分の涙のために、
ちっちゃな出来事も留めることができるように、
こころの窓をきれいにみがいておこう。

そして、いつか、ふくろうくんのように、
「なみだのおちゃは、いつでもとてもいいもんだよ。」
って、しぶくつぶやくんだ・・・

・     ・     ・

5つの、小さなおはなしがはいっている本の中の、1話です。


クレメンタインのふゆじたく


冬は、どこからやってきますか?

朝、はいた息。おふとんのあたたかさ。
かさかさ落ち葉の音。お鍋のふえた食卓。

それとも・・・



ケイト・スポーン 作 小坂涼 訳
セーラー出版 


まどの外には、まだ、すすきが揺れています。

でも、ネコの女の子のクレメンタインは
冬のお洋服の用意のことで、あたまがいっぱいです。

おもいっきり、おしゃれじゃなくちゃ、いけないわ。

クレメンタインは、想いをめぐらせます。

だってね、
彼女のクローゼットの中ときたら!


スパッツ 43本、シャツ 20枚
ジャンパースカート 16着、セーター 16枚
くつ下 116足、ネックレス 50本
ブーツ 67足、コート 12着
マフラー 28本、帽子 36個、手ぶくろ 126組

どれも、鮮やかなきれいな色で、
かたちにも、ひかえめなこだわりの光るものばかり。
小物が多いのも、おしゃれの証です。


ひとつひとつ、並べながら、
うっとりと、にこにこと、お気に入りを選んでいく
クレメンタイン。

ようやく準備が整ったころには・・・


女の子の冬は、クローゼットから、やってくるのですよ、
ね。

万次郎さんとおにぎり


この季節、新米が届くのが、とてもたのしみです。

いつもは五分つきにするのですが、
このときばかりは、やっぱり、白米に!

ピカピカのごはんのお供は
何にしましょう・・・

今年は、茄子の芥子漬けを極めたい。


もちろん、おにぎりだって、格別です。



「万次郎さんとおにぎり」
本田いずみ 文 北村人 絵 福音館書店
こどものとも年少版2012年10月


秋です。
万次郎さんの田んぼでは、
今年も、たくさんお米がとれました。

万次郎さんは、とれたてのお米で
大きなおにぎりを10こ、作りました。

ところが、のりが、1枚たりません。

万次郎さんが、とだなを探していると、
おにぎりたちが、「もう、まてねえぞう」とむずむず動きだし、
ころりところがって、外へいってしまいます。

のりの巻いていない、さいごのひとつも、
ちらばったのりの切れ端をくっつけ、あとを追います。

おにぎりたちは、どこへいったのでしょう?


おにぎりたちはね、
おてんとうさまに、晴れ姿を見せにいったのですよ。

「おてんとさまあ、みてくだされ この はれすがた。
わしら そろって うんまい おにぎりに なりましたぞおい」

ってね。


なんだか、うれしくなります。

食べられたくなくて、逃げたんじゃなくて、
うれしくて、見せにいったんです。

いとしい、おにぎり。

たくさん感謝して、いただきましょう。

・     ・     ・

昔話調の、のーんびりとした語り口に、
色のきれいなとぼけた絵が、よく合います。

年少版ですが、広い年齢の読み聞かせにも、活躍してくれると思います。


きょうのごはん


子どもが生まれ、鎌倉に移ってから、
日が落ちて出歩くことは、”ちょっと特別”になってしまったのですが、
東京に住んでいた頃、夏の、夕方から夜にかけての時間が
とても好きでした。

夕方の商店街は、ほどよくにぎやかで、
昼間の暑さから開放されて、ゆるやかな雰囲気が漂います。

ただアイスを買いに、という感じで歩いている人や、
入り口をちょっとあけて風をとおしている
居酒屋さんのカウンターで、おいしそうにビールを飲む人たち。

商店街をすぎ、公園の脇を通ると、
ふと感じる、オシロイバナの存在。

住宅街にはいれば、網戸越しに
暮らしの音や、晩ごはんのにおいが、流れてきて・・・

ノスタルジックな想いが横切る、夏の夕方。



「きょうのごはん」
加藤休ミ 作 偕成社


絵本「きょうのごはん」では、
1匹ののらねこが、夕方の商店街を歩きながら
おいしそうなにおいのするおうちを
1軒ずつ、のぞいていきます。

あるおうちでは、こんがり焼けたサンマ、
おとなりは、みんなで作ったカレーライス、
そのおとなりは、お父さん得意のオムライス・・・

画面いっぱいに描かれる、それぞれの晩ごはんは、どれもおいしそう!

そして、晩ごはんをいっそうおいしそうにしているのは、
食卓のうしろにのぞくことのできる、背景です。

おうちのなかの様子や、家族の姿から、
その日流れていた時間や
それぞれの家庭の積み上げてきた空気が、ただよってきます。




夏の夕方、網戸ごしに流れてくる晩ごはんのにおいが運んでくる
ノスタルジーの正体は、
どの窓の向こうにも、築かれてきた「今」があるという事実かもしれません。

夕方の風は気持ちよく、
外から聞こえる、帰路につく子どもたちの声や
虫や鳥の音は、ちょうどいいBGM。

窓をあけて、さあ、きょうは、何を作りましょうか。


スモールさんはおとうさん


スモールさんという小さな紳士が
いろいろな職業をもくもくと誠実にこなすこのシリーズをたのしみながら、
子どもだったわたしは、どこか、こころをざわつかせていました。

スモールさん、仕事ばっかりして、じつは孤独なのでは・・・って。

なので、この本に出会ったときには、
なんだかホッとしたものです。



「スモールさんはおとうさん」
ロイス・レンスキー 作 わたなべしげお 訳
童話館出版


この本の中で、スモールさんの職業は会社員。
(たぶん・・・
 きちんとしたスーツで、朝、車ででかけていくので)

描かれるのは、その仕事風景ではなく、
家庭での様子、夫として、父としての姿です。

これが、まあ、なんと、なんと、すばらしいこと!


まだ、陽のあるうちに帰宅し、
家族で食卓を囲むのが日課です。

会社から帰宅後は、
ある日は洗濯の手伝いをし、
また別の日は奥さんの好きな絵を壁にかけ、
台所の水漏れを直し、
夕方、庭の草刈りまでしてしまうことも。

休日には、家族で買いものや教会に行き、
畑仕事をし、さらに、お料理だって手伝うのです。

眠る前の絵本タイムも、スモールさんが引き受けるのですよ。




もちろん、奥さんは、日々の家事をいきいきと手がけ、
夫婦はいたわりあい、相手を休ませてあげることも、忘れずに・・・

そんな両親をみながら、ほがらかに育つ子どもたちは、たのしげにお手伝い。

これを理想といわずに、
なにを理想だというのでしょう!

どんな仕事にも、的確に従事するスモールさんは、
夫としても、父親としても、非の打ち所のない男だったのです。

・     ・     ・

むすめのはれぼう、
2歳になったころから、スモールさんシリーズの
「のうじょう」と、この「おとうさん」がいたくお気に入り。

夫がよく読んであげているのですが、
わたしは、横で、どうしても笑ってしまいます。

スモールさん、ときどきは、もうすこし、だらだらしていいよーってね。


世の中のお父さん、
タイトルにつられて、よくたしかめずに
うっかり家族の前で読んでしまうと、
いたたまれなくなってしまうかもしれませんので、ご注意を。


* 下の写真は、旧版のモノトーン版のもので、
  現在流通しているのは、色がついています。


山脇百合子さんの描く生活感


子どももおとなも大好きな、山脇百合子さんの絵。

表情やしぐさの親しみやすさ、
素朴でいきいきとした様子がもたらす
あたたかさや、安心感
その魅力を挙げだしたら、きりがありません。

そんな中、わたしが、おとなになってから惹かれているのは、
絵の隅々にかんじる生活感です。

とくに、おうちのなかの様子、
とくにとくに、食卓まわりと、お台所周辺の、
素敵なことといったら!


清潔で、ほどよく整えられた空間には、
箱や缶やかごや布をつかった、暮らしやすい工夫がいっぱい。

テーブルの上に並ぶ食器は、シンプルなんだけどかわいらしく、
付け合わせのグリーンまでおいしそう。

たとえば、塩こしょう、水切りかごのようなものまで、
その場所に必要なものは、きちんとそこにあり、使われています。

よくみると、すみっこに、梅酒のビンが何気なくおいてあったりもして。


そして、いちばん大好きなのは、あちこちに描かれる植物。

お部屋のあちこちや窓辺に、いくつもの鉢が置かれ、
お庭で積んできた草花が、ガラスや陶器のコップにちょこっと飾られ、
壁には、ドライフラワー。

お台所には、パセリの小さな鉢と、
使いかけのセロリをさした大きめのガラスのピッチャーは欠かせません。

そのたくさんの草花は、どれもただの「花」ではなく、
たとえばゼラニウムだったり、カモミールだったり、
クリスマスローズだったり、忘れな草だったり・・・
どんな小さな花も全部、「その花」として丁寧に扱われていて、
夏の部屋には夏の草花が、冬の部屋には冬の草花が、描かれているのです。


書ききれないけど、お庭だって、
実用と鑑賞をちょうどよく兼ね備えていて、
整いすぎず自由なかんじで、どの草花もいきいきと元気で、
ほんとうに、理想的。

やさしさや、あたたかさも含めて、わたしの、暮らしのお手本です。







センス・オブ・ワンダー


センス・オブ・ワンダー

それは、すべての子どもに生まれつき備わっている
「神秘さや不思議さに目を見はる感性」

その、かけがえのない大切さを理解し、
いつまでも新鮮に持ち続けているために
わたしたちおとなに、必要なこと、できること。

作家であり、海洋背物学者でもある
レイチェル・カーソンが、
いくつものちいさなエピソードをつないで、語りかけます。



「センス・オブ・ワンダー」
レイチェル・カーソン 著 上遠恵子 訳 新潮社


まっすぐに、迷いなく語られる言葉は、まず
ある秋の風の夜に、まだ赤ちゃんだった甥のロジャーと
海岸へおりたときの共感と興奮のエピソードからはじまります。

雨の日や、冬の寒い日や、真夜中にも、
それぞれの顔で、自然派大切なものを投げかけてくれる。

わたしたちがすべきことは、
それを制限することではなく
一緒に受け取って、感動をわかちあうこと。

大切なことは、海を渡る鳥を目にしたとき、
その鳥の名前を当てられることではなく、
その美しさに、不思議に、胸を高鳴らせることができること。


だれだって、我が子には、
センス・オブ・ワンダーを持ち続けてもらいたい。

できるかな、やってみたいな、
やらなくちゃいけないんだ・・・

そんな気持ちを、静かな言葉が、やさしく背中を押します。

特別なことではない
わたしたちはみんな、もともと、
その力を持っているのだから。

・      ・      ・

雨が続く季節、暑い日中、
木枯らしのふく、こごえる寒さ・・・

おでかけが面倒だな、と思う前に、思い返してみる。

この年齢の、この感性で、
この光景を眺めることは、もう来年はできないのだから。


ビール仲間


夏といえば、ビール。

とりあえず、ビール。

おとなの夏のたのしみの大半には
ビールがついてくる、
といっても、過言ではないような気がします。

そして、絵本界のビール好き、といって、
おもいだすのは・・・


かの有名な、しろくまちゃん・・・
の、お父さん。

だってさ、
しろくまちゃんがあけた冷蔵庫に、
4本もビール冷やしてるの
みちゃったもんね。

それも、瓶。
きっと、酒屋さんから定期的に
配達してもらっているのでしょう。

かなりのビール好きと、お見受けします。


この絵本の中では、
お父さんの飲み終わった瓶、
ふたりの遊び道具になってるし・・・

今では、危なくて、遊ばせられないけれど、
たしかに、ビール瓶って、
吹けばホーホーいい音がするし、
注げばコポコポ、これまた独特の感覚がたのしそうですもんね。

・     ・    ・

絵本の中の、
お手本にしたくなるような素敵なお父さんお母さんたちが、
ふと、素顔をのぞかせる瞬間を見つけると
うれしくなってしまいます。

フランシスの両親が、
フランシスの寝たあと、テレビ観ながら
ケーキ食べてたり。

「きょうはなんのひ?」のお母さん、
朝ごはんは、お茶漬けだったのか、とか。

働き者の、一人暮らしのくまさんのおうちに、
お父さんとお母さんの結婚式の写真が飾ってあったのを
見つけたときも、なんだかあったかい気持ちになったなあ。




あの庭の扉をあけたとき


「強情っておもしろいの?」

「そりゃあ、おもしろいわよ。
 強情でない人がどうして生きているのか
 わからないわ。
 毎日がすごく退屈だと思うわ」

すべての、ごうじょっぱりの人に、
この、バラの美しい庭の印象的なものがたりを。



佐野洋子 作 偕成社


お父さんとの散歩の途中でみつけた、
昔は立派だったであろう、洋館の廃屋。

ある日通りかかると、家は息を吹き返し、
花の咲き乱れる、美しい庭ができていました。
おばあさんがひとり、引越してきたのです。

口の悪い、そのおばあさんを
恐れながらも惹かれる、5歳の<わたし>。

その後、ジフテリアにかかり、
病院で長く過ごすことになった<わたし>は、
ある夜、ひとりの少女に導かれ
そのあばあさんの過去の記憶をのぞくことになり・・・


5歳の少女の見る、70歳の老婆の記憶。

強情な少女と強情な少年の、うもれた歴史と
その強情ゆえの、切ない結末。
その強情ゆえの、今。

ふたりの記憶は、ひととき、混じり合う。

5歳も14歳も70歳も、今、を持ってるだけでなく
これまで生きてきたすべての時間を、全部持っているから。

過ぎてきた時間は、薄れていくのでも、消えていくのでもなく、
すべてが<わたし>の一部だから。

人は、とてつもなく大きなものを持って、
生きているんだなあ。


まるごと抱えて生きる覚悟のある、強情なみなさん。

佐野洋子さんが、
スッとカーブをかけて投げる、そんな人たちへのやさしさ。

ストレートで思いきり投げる、
たくましい横顔、かっこいい言葉の数々。
受け止めてみてください。

ケルトの白馬


何年かおきに、何度も読み返す本です。

手にとると、こんな小さくうすい本に
ほんとうにあんな感動があったのかと疑い、
また今回も同じくらい心を揺さぶられるだろうか・・・
と、どこか心配になるのですが、
それは、いつも、杞憂におわります。


ローズマリー・サトクリフ 作 灰島かり 訳
ほるぷ出版


イギリス、バークシャーの丘陵地帯に今も残る
地肌の白い土を削って描いた巨大な白馬。

一体、いつ、だれが、なんのために
この軽やかに丘を空を翔るこの白馬を描いたのか・・・
サトクリフの答えが、この物語です。


誇り高き戦士の民、ケルトの部族の族長の息子でありながら
先住民の血が混ざり、褐色の肌をしたルブリンは、
次第に、音を、声を、風を、捉えて描きだす
ものつくりの人としての才能を目覚めさせます。

おだやかに、四季がくり返され、
仲間とともに戦士の訓練を受けるようになったルブリン。

やがて、一人前の男と認められるようになった
ルブリンたちのもとへ届く戦のうわさが、現実味を帯びはじめ・・・


どこか変わった空気をまとうルブリンが、厳しい運命の中で、
一族の誇りを、血を、友情を、自らの誇りを、才能を、
全うする様を描いた物語です。

敵族の長クドラックの、最後のことば。

「自由になれ、わが弟」

運命の重みと、確かさ、
その中にある一粒の自由の、重さと大きさに
心をがしっとつかまれ、揺さぶられます。


遠く、遠く、ケルトの物語ときいて、手にとりにくいという方も。

一晩で読み切れるほど、みじかいのです。
だまされたと思って・・・この読後感を味わってほしい、
珠玉の作品です。