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エミリー


少女の引越してきた家のむかいには、
町の人が「なぞのひと」よぶ女性が、妹と一緒に住んでいました。

その人は、20年ちかくも、家のそとにでたことがなく、
知らない人がくると、たちまちどこかへ、かくれてしまうそうです。

そして、花が好きで、詩をかいているとか・・・


ある日、一通の手紙が、
少女の家のドアの、郵便の受け口から、投げ込まれました。

すぐに、ドアをあけてみましたが、
外にはただ、まっしろな冬がたたずんでいただけ。
そして、足あとが、少女の家の玄関から、
道をわたり、おむかいの黄色い家まで、続いていました。

手紙には、少女のお母さんに、
春をよぶピアノを弾きにきてほしいと、あります。

お母さんについて、黄色い家にはいった少女は、
ピアノの部屋をそっとぬけだし・・・



マイケル・ビダード 文 バーバラ・クーニー 絵
掛川恭子 訳 ほるぷ出版 1575円


人嫌いと言われたけれど、
子どもたちにはとてもやさしかったという、
詩人エミリー・ディキンソンと、かわいらしい少女の
小さな友情、こころの交流のものがたり。

そして、曇りのない目で世の中をみつめ、
たくさんのふしぎに、こころをふるわせる人たちのものがたり。

春をよぶ、ものがたり。


ー この世の中には、ふしぎななぞが、たくさん、あります。

この絵本は、そんな言葉で
しめくくられています。

そのなぞに気がつかなければ、
答えをみつけることも、できないのでしょう。
驚きやよろこびは、すべて、
なぞと答えの間にあるのかもしれません。

だれとも会いたがらない、ふしぎな隣人を想い、
かさかさで、死んでいるようにみえる球根の中にひそんでいる命や
あたたかくなると姿を現す美しい花をこころに描き、
小さな春のかけらをあつめながら、じっと待つ。

そんな、なぞと答えの間の中に。


満月をまって


100年以上前のアメリカで、
かごをつくって暮らしていた人たちの、おはなしです。



メアリー・リン・レイ 文 バーバラ・クーニー 絵
掛川恭子 訳 あすなろ書房 1470円


主人公で語り手の8才の少年と、その両親
あとは、たったふたりのかご職人が住んでいるだけの
小さな山間の集落。

そこで暮らす人たちはつつましく、勤勉な生活を営み、
少年は当たり前のように、父の背中に憧れを抱きます。

無口で、もくもくとかごを作る
太い指のおとなたちが少年に教えるのは、
自分たちの姿をよくみることと、
山の木の声をよく聞くこと。

少年は、その教えを守りながら
父さんがかごを売りに一緒に町に連れて行ってくれる日を、
一人前と認めてくれる日を、
まって、まって、まっていました。

けれど、ようやくやってきたその日に、待ち受けていたのは・・・


どっしりと変わらないものと、
少しずつ変化するもので、編み上げられた物語です。

変わらないものは、職人たちの信念や、自然が与えてくれるもの。

少しずつ変化するものは、たとえば時。季節。
それから、少年のこころ。

物語は、職人のつくるかごと同様、飾り気がなく、
時間をかけて、ゆっくり、ゆっくりと、味わいが深まります。

・     ・     ・

篤実な語り口と
おさえられた色調の絵が紡ぎだすのは、
地に足をつけ、自らのやれることやるべきことを仕事として生活することの尊さ。

その上で、誇りや満足はあとからついてくるということ。

労働の根幹にふれる思いです。


とても、目立たない絵本ですが、
本を手に取って表紙を見れば、そこにはもう物語が描かれていることに
気がつきます。

町の人にかご作りをバカにされ
一度は信じていたものが見えなくなってしまうものの、
他ではない、その信じていたものたちによって
進むべき道に導かれる少年のこころの動きは、
だれにでも覚えがあり、子どもたちにも響くはず。

静かな声にも耳を傾け、想像することは、とても大切なこと。

バーバラ・クーニーの、最後の作品です。

みどりの船


映画のラストシーンは、わざとうわの空で、
ドラマの最終回も、見ないように。
最後のいっぽんの花火は、火をつけずに、家にもって帰る。

とか・・・

たのしいことは、まだ終わっていないふりをして、
次、また、ひょんなことで続きが始まる、ということにして、
過ごしていくやり方が、好きでした。

いいオトナになって、
どうにもできないものごとの終わり、というものも幾度か経験して、
なお、というよりも、いっそう、
続いていくこと意識します。

歴史の年表に点で打たれる大きな出来事のあいだの
途切れることのない、ふつうの年月。

夏が終わって、秋がはじまって、
でも、今年の夏も、来年の夏も、10年後の夏も、
ずーーーっと続いているんだな・・

なんて、広大なことを思う、
いつもの8月31日。


クェンティン・ブレイク 作 千葉茂樹 訳
あかね書房 1680円


ぼくたちはわすれない。
あの夏、みどりの船で航海したことをー・・・


夏休み、いなかで過ごすことに退屈した姉弟は、
ついに、禁止されていたとなりのお屋敷の庭に、もぐりこみました。
ジャングルのような木々をかきわけ、奥へ奥へと進んでいき、
ふたりが目にしたのは、みどりの船。

煙突もあるし、マストもある
デッキには小さな小屋もついている、
植木を刈り込んで作った、大きな大きな船でした。



船長夫人(このお屋敷の女主人のおばあさん)と水夫長(庭師)と姉弟は、
それから夏中、この船で遊びます。

イタリアの遺跡、エジプト、
天気が悪くて寒い日は、北極
暑い暑い日は、赤道越えの儀式を。

嵐も無事に乗り越え、
夏が終わる頃には、船から伸びる長いツタをつなぎ止め、港へ到着。

そして、次の夏も、その次の夏も。

やがて姉弟は、無邪気に遊ぶときをすぎ、
手入れをする人のいなくなった船は、すこしずつ自然の姿に
もどっていき・・・


みどりの船はきっと、
思い出ではなく、血となって肉となって、
いつか記憶がうすれる日がきても、なくならない。

終わってゆく、続いている、物語です。