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わたしのぼうし


たとえば、タオルケット。

ぼろぼろの、水色のタオルケットは、
いつもしめしめしていて、かわったにおいがして、そこがいいのに、
ときどき、お母さんは勝手に洗ってしまって、
憤慨しながら、いそいで、またにおいをつけました。

たとえば、動物園にいったときに、
遠くにひっこしてしまったおさななじみのはるかちゃんと、
おそろいで買ってもらった、コアラのハンカチ。

たとえば、小さく小さくなる日をたのしみに、
コツコツ使い続けて、やっと2センチくらいになった、鉛筆。

たとえば、頼んで頼んでやっと買ってもらって、
ちょっときつくなっても履き続ける
エメラルドグリーンの、近所ではやってた、運動靴。

どこにでもあるけど、
どこにもない、
わたしの。



佐野洋子 作 ポプラ社 1260円


おにいさんは あおい リボンのついた
ぼうしを もっていました。
わたしは あかい はなの ついた
ぼうしを もっていました。
わたしの ぼうしも、おにいさんの ぼうしも、
すこし ふるくて、すこし よごれていました。


どこに行くときもかぶっていたぼうし。
動物園でかじられて、ひつじの歯形のついたぼうし。
おにいさんとおそろいの、ぼうし。

そんな大事なぼうしが、ある日、
汽車の窓から、飛んでいってしまいます・・・

かなしむ「わたし」に、おとうさんが、
なくしたぼうしによく似た、またおにいさんとおそろいのぼうしを
買ってきてくれますが、
それは、「わたしの」ぼうしでは、ないのです。


「わたしの」には、物語が必要。

物語には、時間が必要。

時間には、ただながれるままにすることが、必要。


こどものこころのさざ波を
しずかにすくった、絵本です。

どんな子も、きっと、こんな気持ちを知っていて、
だから、描かれている以上の出来事が、
読んだ子どもの数だけ、この絵本の中で起こるでしょう。

おとなたちは、昔もっていた「わたしの」に、想いを馳せるかもしれません。

ちゃんと探せば、
すみっこに、みつかるはず。

もしかしたら、からだに、溶けちゃったかもしれないけどね。